「李登輝より日本へ贈る言葉」 李登輝著 を読んで

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読書感想文〈李登輝より 日本へ 贈る言葉〉〈日本人〉作品を読んで
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「大和魂」巨人からの愛。日本人以上に日本人のような Mr. Lee Teng -hui(李登輝)

台湾の民主化に満身創痍で取り組まれ、現在の台湾の礎を築いた人物について、詳しく知ってみたいと思い、李登輝氏自身がご自身の言葉で日本の為に残してくださった、「李登輝より日本へ贈る言葉」を拝読しました。

日本では戦争の歴史は、公にはほとんど教えられていないので、このような著書で真実の歴史を知ると共に、草葉の陰に追いやられた素晴らしい日本人の感性に触れることができ感無量です。

また時事記事が少し前のことなのですが、その時から今を見据えていたようで、その先見の明にも驚かされました。

台北

タイトルそのままの日本人のことを想っての、熱を帯びた誠意ある言葉の数々、私の中に薄っすらとしか残っていない日本の精神ですら、力強いメッセージによって疼き始める程でした。

大切なものを見失いかけているところに、喝を入れると同時に愛を行動で示されているから、もの凄く偉大に感じました。

駆け引き無し、忖度無し、自己保身なし、虚栄なし、ただ台湾のことを想って誠心誠意尽くされた政治家の鏡のような方です。

政治のみならず、人としてですね。

今の日本人以上に日本人だと思います。

私たちが忘れかけている大切なものを伝えてくれていました。

日本語教育で培った日本の精神を礎に、さらに勉強、努力を重ねて自分の信念を築き上げられたみたいで、物質的な面と精神的な面のどちらにも注力し、バランスを取りながら台湾を発展させたようです。

巨人です。

その全ての根本に「大和魂」があると断言されていたことは、日本人として誇りに思いました。

そして未熟すぎる自分を顧みて、襟を正すことになりました。

「日本人とは?」その根本的なところを考えることは、大事なことなのかもしれません。

台北

「李登輝より日本へ贈る言葉」より、グッときたところのいくつか。

政治には時間が必要です。政治の資源は時間であるとも言えます。結局、政治は忍耐なのです。「時」を待ち、耐え忍ぶ勇気こそ、真の「武士道精神」と言えるのではないでしょうか。

もともと政治的野心を持たなかった私は、政治闘争というものがこれほど激しいものだとは思わず、争いの渦中で困惑するばかりでした。そこで私は「聖書」を開きました。そのページは「イザヤ書」第37章35節で、そこにはこう記されていたのです。〈私は自分のため、また、私の僕ダビデのためにこの町を守って、これを救おう。〉

これを読んで、私の心は定まりました。「これが神の思し召しならば、どんなに苦しくても、台湾と次の世代のために働こう」と。

李登輝氏はキリスト教徒でした。困難に直面した時には、まず神に祈り聖書を適当に開き、無造作に指刺したところから、ヒントを得たようです。

どんな宗教や哲学、武士道のような道徳的規範でもいいから「信仰」を持つことで、強い「信念」が抱けると語っています。

台北

植民地統治(日本の台湾統治)を教育から始めたというのは、世界に類を見ないことです。これにより、台湾人は儒家や科挙の束縛から抜け出して、世界の知識や思潮を知るようになり、近代的な国民意識を養成することになりました。

八田興一(はったよいち)技師は、日本ではあまり知られていませんが、台湾で最も愛されている日本人です。彼が造った地下水路は、給水路一万キロ、排水路六千キロ、防水堤防二百キロ。すべてを合計すると、何と万里の長城より長いのです。

政治家には二種類の人間がいるといわれています。まず権力掌握を目的とする者、そして、仕事を目的とする者です。

文化の形成は「伝統」と「進歩」という、一見相反する二つの概念を、いかに止揚するかにかかっています。人は昨日よりも今日、今日より明日をよりよく生きたいと願うものです。その意味で進歩は重要ですが、進歩を重視するあまり伝統を軽んずるような、二者択一な生き方は愚の骨頂です。

とくに、物質面ばかりに傾き、皮相な進歩に目を奪われて、その大前提となるべき精神的な「伝統」や「文化」の重みを忘れてしまうのは大いに問題です。「伝統」という基盤があればこそ、その上に素晴らしい「進歩」が積み上げられる。伝統なくして真の進歩などあり得ません。

台北

私は、「日本精神」というものを大きく二つに分けて考えています。まずは誠実であること。嘘をつかない。これが「武士道」につながる日本の精神の基本です。そして、もう一つは自然との調和。日本人の美学的な情緒です。

ある時の訪日でも、同行した新聞記者たちは事あるごとに私にマイクを向け「靖国神社に参拝するのか」と聞いてきました。その度に私はこう答えたものです。「六十年以上会っていない兄貴が靖国神社にいて、その弟が東京まで来ている。あなたは私の立場だったらどうするか。その気持ちを記事に書けばいい。政治とは切り離して人間として考えなさい」と。

李登輝氏の兄は大東亜戦争末期にフィリピンのルソン島で戦士しています。

家族で出来なかった兄の慰霊を、靖国神社がずっとやってきてくれたこと、長い間、兄の魂を慰めてきてくれたことに感謝の意を伝えるために靖国神社に参拝されたようです。

HanaAkari

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