二年以上の間バックパック一つに入る持ち物だけで過ごした経験を日本での生活に応用できれば、節約、サバイバル、節制した生活に役立つかもしれないと思いました。
【選り好みしない】価値観|目から鱗のバックパッカー的、節約生活?
【選り好みしない】
私がバックパッカーでアジアの国々を放浪していた時で、まず面食らったのは日本人のバックパッカーがもの凄く多くいたことと、まだ観光地として有名になっていない場所以外では、何処に行っても日本人の旅行者がいたことです。
それ程に日本人と出会えましたので、友人に誘われてバックパッカーとして旅行を始めた、なんちゃってバックパッカーの私には意外すぎる光景でした。
袖触れ合うも他生の縁という言葉もありますが、バックパッカー同士の通りすがりの縁も同じようなもので、気の合う時はつるんだりしますが、最低でも情報交換と所持している本の交換を行うのが暗黙の流れでありました。
実際の生の情報は非常に重要で、お互いに有意義なものになることが多くありました。
私には本の交換も同じくらい価値のあることでした。
日本人のバックパッカーは日本語の本を一、二冊は所持しながら旅をしている人が大半だったので、知り合った者同士で、読み終わった本を交換し合うということが行われました。
これが面白かったのは読みたい本を選ぶことは出来ませんので、これまでに読んだことのないジャンルの本を読むきっかけになったことです。
日本で本屋さんに行って、あれこれと本を探しても自分の興味があるものしか買いませんから、読む本は偏ってしまいます。
バックパッカー同士の交換では、持ち併せている本を交換し合うのでそこに選択肢はなく、時には自分では絶対に選んでは読まないような本が手に入ったりします。
そして選択肢がないから読んでみると、食わず嫌いだったことに気が付き、目から鱗が落ちるようなことがあるのでした。
自分の先入観に囚われることがなく、新たに面白いものを発見できるチャンスだったのです。
もちろんその逆で最後まで読むのが苦痛なものにも出会いますが、それも愛嬌でしょう。
手垢がついてボロボロになった本は古本屋でも買い取ってもらえないでしょうが、本たちもそこまで色んな人に読んでもらえて本望だろうと思います。
選り好みできなかったから、その価値が高まった感じがありますし、それまで見えていなかった新しい発見もあったりしました。
吐いて捨てるほどの物に恵まれた生活に慣れてしまいましたが、節約も兼ねて「選り好み」しないという選択肢も増やしてみるのも面白いかもしれません。
また、物だけでなく多くのことに「選り好みしない」価値観は見直されてもいいように思います。
無いなら無いで何とかなりますし、何とかしないといけないので嫌でも知恵を絞ります。必要な分が確保できれば幸いです。
バックパッカーを長くしていると、一つのバックパックに入る荷物の量には限りがありますので、必然と荷物の量を調整しないといけませんでした。
重いと背負って移動する時には大変苦労しますので、だんだんと私のバックパックの中身は洗練されていきました。
最低限必要な物だけに削ぎ落とされていきましたが、旅行中にはまったく不自由に感じることはありませんでした。
変人バックパッカーの中には行きついた先がバックパックも持たないスタイルの人もいました。
スーパーの袋一つで旅をしている人がいました。
その方、日本人でした。
私はそこまでのことは出来ませんでしたが、日本に帰ってきた時に実家に戻った際には、「なんて物が多いんだろう」と思い、凄く居心地が悪かったです。
沢山持っていた服なんかは、海外の必要としている人々に送る活動をしていたボランティア団体に、大半を引き取ってもらいました。
ただ日本での生活は、バックパッカーの時のようにはいかないということをもう少し考えれば良かったという反省もありました。
思慮が足らずに突っ走った結果、後になってから少し不自由を感じましたので、ちょっとやり過ぎだったなと思ったのですが、物は生活に必要な最低限度があれば、実際にはそれで足りているのは確かなことだとは思います。
程度の問題がありますが、自分がどこで線を引くかということで全てが変わり、どうにでもなるのかもしれません。
HanaAkari