このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。
【プラマバス】バリとロンボクの惜春|旅の玉手箱 乗り物編-10
【プラマバス】
バリ島内の移動はプラマバスが便利でした。
プラマツアー会社のオフィスを各地にある拠点と結ぶ形で運営されている、乗り合いのマイクロバスでした。
タクシーなどに比べてリーズナブルな価格で利用できるので、大半のバックパッカーは利用していたと思います。
バスにはクーラーは無かったですが、バリ島はさほど大きくない島ですので、移動時間も大したことはなかったので、苦にはなりませんでした。
隣のロンボク島にある小島、ギリ島に行く際もプラマのバスで行きました。
ロンボク島より東に行くことは無かったのですが、その先にはスンバワ島、コモドドラゴンで有名なコモド島、その先にはキリスト教徒が大半を占めるフローレス島、もう少し行けばパプアニューギニアやオーストラリアです。
もちろんプラマバスで行ける範囲ではありませんが、あの時もガイドブックを見ながら、旅行ビザの有効期限があるので、現実的には厳しいのは分かっていても、もっと先まで行ってみたいなぁなんて妄想の旅行をしたものでした。
それとは逆にオーストラリアにワーキングホリデーで行っていて、日本へ戻る前にインドネシアに向かって旅行をしながら、東南アジアの国々を巡って帰国する人も結構いたようです。
ロンボク島には再度、中心地「マタラム」へこの旅の数年後に、プラマバスで行きました。
この旅のことではないのですが、数年後にロンボク島にもう一度、プラマバスを使って行くことがありました。
初めてインドネシアに行ってから数か月後に、ミャンマーで知り合い、バングラデシュとインドに入国してしばらくの間一緒に旅行をすることになった、日本人女性Hさんとの関係で再びバリ島とロンボク島にやってきたのです。
Hさんは一緒に旅行をしている時から、将来外国で暮らすことになるかもしれないとほのめかしていたのですが、その顛末がロンボク島に住むインドネシア人と結婚して、ロンボク島のマタラムに移り住むことでした。
子供も生まれたとのことで、私が再びタイに行くことになった時に、インドネシアまで少し足を延ばして会いに行きました。
この時はバンコクからバリ島まで飛行機で往復しましたが、とても好きだったバリ島のウブドに再び行けたことと、ロンボク島でHさんと再会できたこと、Hさんの赤ちゃんとヒンドゥー教徒の旦那さんに初めて会ったこと、懐かしいものです。
ウブドからプラマバスに乗りでロンボク島のマタラムの町のバス停で降りました。
しばらく待っているとHさんの旦那がやってきて「Kさんですか?」と私に声を掛けました。
面識は無かったですが、バス停に一人でいる日本人男性は私一人なので、向こうには分ったのでしょう。
そして家族の住む家に向かいました。
庭を入った奥にある自宅は完成していて生活の場所になっていましたが、手前側にはゲストハウスを建設中でした。
ゲストハウスを経営するんだ、デイユースの需要が結構あると思うんだと言っていたなぁ~。
まさかHさんとロンボク島で再会することになるとは考えたことも無かったですが、思い出しても面白いものだと思います。
Hさんからのリクエストで、近くに新しく出来たゲストハウスに泊まって欲しい、そしてそのゲストハウスの情報を教えて欲しいと頼まれました。
近くてライバルのゲストハウスになるので、私たちは行くことが出来ないのでよろしく頼むとのことで、私は偵察を兼ねてそのゲストハウスに宿泊したのですが、大した情報をスパイできたとは思いません。
新しくて綺麗だったことと、宿泊料金がいくらだったということくらいですね。
しばらくマタラムに滞在している間に、Hさんの旦那の家族、親戚一同が集まってのお祭りのような宴会がありました。
親戚が一堂に介すると凄い人数で、広い庭には大勢の人々が老若男女大人から子供まで、食べては飲んで喋ってはと大盛り上がりでした。
そこに日本人の私がゲストとしていたので、どんどん強い酒を飲めと勧められ調子に乗って飲んでいると、へべれけに酔ってしまい後半は殆んど記憶が飛んでしまいました。
そんな中で薄っすらと憶えていたのは、彼らは「闘鶏」を楽しんでいたことです。
気性の激しい二羽の鶏を闘わせていました。
鶏の足には小さな刃物が装着されていたので、血が激しく飛び散っていましたし、すぐ側で見ていると迫力があったことと、こういう文化は本当にあるんだなぁ~と、酒に酔った頭でぼんやりと思ったような気がします。
薄れゆく意識の中で、おぼろげながらに闘鶏を眺めました。
バリ島に戻る時に再びプラマのバスに乗った時は、名残惜しかったものです。
HanaAkari