このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。
【日本上空にて】涙が突然溢れ出し戸惑いました|旅の玉手箱 帰国編
【日本上空にて】
二年以上ほっつき歩いた旅、中でもインドにはまり、インドには合計すると1年3カ月の期間を滞在していたのに、そのインドの〈デリー〉から日本に向けて帰国する時になっても、心はあっけらかんとしたまま、どちらかというと冷めた感覚だったのが、自分自身に意外なことでした。
少しくらいは感慨に耽り、名残り惜しい余韻に酔いしれることが出来たら良かったのにと思います。
残念ながら飛行機が飛び立っても、そんな気持ちが一切湧いてこなかったのです。
内心、「あれ?こんなものなのか?」「色々思う事が多かったインドなのに…」と感情の薄いのが変に思ったくらいです。
大阪の実家に戻る前に、旅の最中に知り合った関東方面の友人らを訪ねようと思い、関西空港行きではなく、東京・成田行きを選んで帰国の途につきました。
航空会社はANAでした。
タイ・バンコク経由で成田着の飛行機でしたから、インドで知り合ったコリアン女性Nもタイへ行く予定だったので、同じ便でインド・デリーを後にしました。
バンコクでの停留時間の間、Nと空港で時を共に過ごし、Nはタイの地へ、私はいよいよ東京に向けて最後のフライトに飛行機に乗り込みました。
数時間後には日本に戻っていることが、その時になっても実感が湧かなかったですが、特別旅に未練を感じることもなく不思議と冷静でした。
飛行機が日本上空に差し掛かった時、突如として涙が目から溢れ出てきたのには驚きました。
座席の前にあったモニターで飛行機の現在位置が示されているのを何気に眺めていました。
いよいよ飛行機が日本の上空に差し掛かり、大阪の上空近くを通過中のことでした。
唐突に涙が溢れてきたのです。
何か思う事があった訳でもなく、訳が分からないけれども涙が止まらないのには、あの時は一体どうしたんだという戸惑いしかありませんでした。
後から考えてみると、無事に日本に帰って来れた喜びの涙だったのだろうと思います。
私はこの旅に出る前は、息苦しさを感じることが多かったので、日本の事があまり好きでは無かったのですが、長く海外に出て日本という国の素晴らしさを実感することになり、日本人であること嬉しく思うようになっていましたので、何かその心境の変化も影響していたのだと思います。
はっきりとしたことは分かりませんが、悲しみを伴うような涙ではなく、嬉しさや安堵の涙だったのは確かです。
インドを去る時にはあれ程あっさりしていたのに、日本の上空にまで戻って来た時に突然、コントロール出来ない涙が溢れ出したのには非常に驚きました。
HanaAkari