「三十光年の星たち」 宮本輝著 を読んで

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三十光年の 星たち 宮本輝著 〈日本人〉作品を読んで
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善良な心で一生懸命生きようとしている真面目な人たちの物語

宮本輝氏の作品は登場人物の人間模様が織りなす、味わい深い品の良い織物のようです。

飛びぬけた超人が登場することもなく、ごく普通の日常の中にいるような人物のそれぞれの光と影の糸を拾い上げ、登場する人々が絡み合って紡いでいく糸車のようです。

まるで糸車が回るように、人々の運命の輪が回転していきます。

特に「三十光年の星たち」にはそのような印象を強く受けました。

人の「縁」の不思議や面白さ、魅力のようなものを、自然な川の流れのように見せてもらいました。

糸車

私は関西人なので、宮本輝氏の作中に登場する人物が、何げに話す関西弁が落ち着くのかもしれませんし、すんなり入ってくるのかもしれまん。

誇張した関西弁でなく、普段多くの関西人が喋っている普通の話し言葉で展開される物語は、本当に近所で起こっていることのように思えてきます。

「焼き物では、どんなものが好きなんかな?」

「誰が何と言おうが、豚玉です。その次がネギ焼き」

肩や背中を大きく震わせるようにして笑い、「新田」の主人は鞄から一冊の写真集を出すと、ぼくの店で扱う焼き物はこういうものだと言った。

陶芸の焼き物を、「お好み焼き」と勘違いした可笑しくて微笑ましい場面がありました。

佐伯平蔵という一人の老人を中心に、「縁」のある人々が絶妙に絡み合っていく光景は、現実にあることのように感じられ、登場人物の「縁」の連鎖に感動しました。

物語の途中に、人生のどん底にいたような男性の坪木仁志が、なぜだが分からぬ間に佐伯老人の後継者になる流れになり、赤尾月子が昔経営していた「ツッキッコ」というスパゲティー屋を引き継ぐ場面があります。

その「ツッキッコ」を再開する時に、まるでそうなるのが決まっていたかのように、小さな偶然が連続して起こり、物事がとんとん拍子に進んだことに対しての、赤尾月子の言葉が素敵でした。

「…そんなことはたいした出来事やない、ちょっとした偶然やと考える人は、人生の法則のようなものを信じられへん人です。自分の実の回りで起こることは、全て何か大きな意味があります」

あぁ~。

ゾクッとしました。

タロットカード

主な登場人物

佐伯平蔵(さえきへいぞう)…京都に住む謎に満ちた老人で金貸し。彼のこれまでの過去が、坪木仁志(つぼきひとし)との関係の中で分かっていく。

坪木仁志(つぼきひとし)…人生の大きな転機に遇い、近所のよしみから佐伯老人にお金を借りることになる。その佐伯老人との出会いから坪木仁志の人生が急速に動き出す。

北里千満子(きたざとちまこ)…32年前に旦那が佐伯老人から借りた二百万円を、毎月五千円づつ返済し続けている潔い芯のある女性。なし崩しに佐伯老人の運転手になった坪木仁志が、佐伯老人と一緒に京都北部に住む北里千満子に会いにいくところから、物語は一気に展開していく。

北里虎雄(きたざととらお)…北里千満子の息子。京都の陶磁器店に勤める。坪木仁志が京丹後に北里千満子を訪ねた際に植樹を通して二人は初めて出会う。その後、京都で坪木仁志と偶然に再会し、あれよこれよの流れで、お金の無い二人は経済的な理由から一緒に住むようになる。

竹内紗由里(たけうちさゆり)…坪木仁志の住む近くにあるパン屋に勤める。食費を浮かすために坪木仁志が、パンの耳を貰って生活の足しにしていたことから、北里虎雄との出会いにも繋がっていく。

青木範彦(あおきのりひこ)…坪木仁志の友人。鍼灸師。不思議な縁になる。

三浦紀明(みうらのりあき)…佐伯平蔵の親友。佐伯が無利子の金貸しを始めるきっかけとなった人物。

赤尾月子(あかおつきこ)…三浦紀明と佐伯平蔵との縁で「ツッキッコ」という自分のスパゲティー屋を開業することができ、成功することができた。病気をきっけに「ツッキッコ」は閉業していたが、大きなうねりのような流れから「ツッキッコ」は、坪木仁志が引き継ぐこととなる。

京都

あらすじ

妻が出て行き借金だけが残った坪木仁志が金銭的な事情から、謎の金貸し佐伯平蔵の運転手になるところから物語は始まっていきます。

佐伯平蔵坪木仁志の二人の人間関係が、縁のある人々を引き寄せ、どんどん繋がりながら展開します。

登場人物の会話のやりとりが上質のコントのようで、可笑しくて噴き出してしまう所がありました。

特に佐伯平蔵坪木仁志の会話は面白い中にも、色濃い人生を歩んできた佐伯老人の人生観が要所に現れていて、まるで自分が坪木仁志になったかのように思えて、痛い所を突かれているようでドキッとさせられる所が多くありました。

佐伯平蔵の運転手になった坪木仁志が道中に、佐伯老人から身なりを整えるように言われ、背広を買うようにとお金を突き出されるところがあります。

「…よれよれの貧乏臭い背広なんか着てたら、足元を見るやつもいる。背広は三着くらい買っときなさい」と佐伯老人。

「…佐伯さんへの借金を、これ以上増やしたくないんです」と坪木。

「誰が貸すって言ったんだ」

「これは、ぼくの用事を済ませるための必要経費だ。安くても、品のいい背広やネクタイを選ぶんだぞ。羽の抜けた孔雀みたいなものを買うんじゃないぞ」と佐伯老人。

この二人の珍道中からものの一週間の間に、坪木仁志の人生が大きく動きだすことになります。

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力するタイプだ。君は後者だ…」佐伯老人の口から出た言葉ですが、佐伯老人との関係の中で心の内側に眠っていた自分に坪井仁志は目覚め始めます。

佐伯老人の後継者になる覚悟を決めた坪木仁志と、見えないものを見ようと努力する後者のような人々が不思議な縁で結び付きながら、日常生活の中で面白おかしくも快活でありながら、ピリッと襟も正されるような場面も展開されて行きます。

星々

そしてスパゲティー屋「ツッキッコ」を再会するにあたり、坪木仁志赤尾月子からスパゲッティの特製ソースの作り方を伝授される時の、赤尾月子の言葉に繋がっていきます。

「…なんでこないにうまいこといくんやろとさっきからずっと考えてました、いま、ああそうなんかとわかりました」

「善良な心で一生懸命生きようとしている真面目な人たちの……」

「そういう人たちのつながりというか、輪というたらええのか。うーん、……」

「…そんなことはたいした出来事やない、ちょっとした偶然やと考える人は、人生の法則のようなものを信じられへん人です。自分の身の回りで起こることは、全て何か大きな意味があります」

善良な心で一生懸命に生きようとしている真面目な人たちの、人間模様、紆余曲折の中で「ツッキッコ」は復活し、同時に佐伯平蔵がこれまでに行ってきた、無利子の金貸しも新しい形態「ヒロキ基金」として坪井仁志が後継者となり継続され行きます。

「ヒロキ」とは佐伯平蔵の亡くなった息子の名前です。

三十光年先を見据えた星のような人々の、良心の継承と縁の糸が、グルグルと回る糸車と共に大きな糸玉になって、その次には見ているだけでも心が温かくなるようなセーターになっていくような、そんな物語です。

HanaAkari

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