「十二国記シリーズ」 小野不由美著 を読んで

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十二国記 〈日本人〉作品を読んで
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出会って一瞬で魅了され、あれから年月は流れてもなお、精神の糧となり続けている素晴らしい物語。唯一無二の世界観、感動、共感、勇気、諭のパラレルワールド。

この壮大な物語を初めて知ったのは、たまたま点けたテレビで見たアニメーションでした。

もう二十年以上は前のことです。

何かやってないかな?とテレビのチャンネルを回していると、アニメがやっていたのでアニメ好きの私は、なんとなく見たのです。

運命的な出会いは人との関係においてだけ起こるのではなく、ふとした拍子に耳に入ってきた言葉や、目にした言葉、テレビ、ラジオ、本、今ならインターネットの様々なものにもあったりします。

その時に必要なメッセージがさり気なく入ってくる瞬間です。

この「十二国記」のアニメーションを見た時がそうでした。

時空

その時は「十二国記」の世界観や登場人物などは、まったく知らなかったのです。

しかしその時たまたま見たシーンで登場人物が言った言葉に衝撃を受け、一瞬で心を鷲掴みにされました。

「どちらの道を選んでも後悔すると思うから、どちらを選んだらいいか分からない」という嘆きに対して、「どっちを選んでいいか分からない時は、自分がやるべき方を選んでおくべきだ。同じ後悔をするのなら後悔の少ない方がいいだろ」

そのセリフがその時の私の心のど真ん中を射抜き、「なんてアニメなんだろう…すごい…」「なんて機知に溢れたセリフだろう…」これは素晴らしい作品に違いないという直感が起こったのです。

それ以来、アニメもそうですが、原作の小説はすべて読破しました。

そしてこの「十二国記」の物語には、初めて見たシーンがたまたま心に刺さっただけではなく、あらゆる角度から縦横無尽に心に突き刺さる名言、名場面に満ちていて、魅力的な作り込まれた架空の世界を舞台に展開されていることを知りました。

間違いなく「座右の書」です。

しかもファンタジー小説好きの私には、この物語の独特の世界観もたまらなく魅力的でならないものです。

普通に読み物として最高に面白いだけでも素晴らしいのに、架空の世界のはずがいつしか自分が登場人物になったかのように、共感したり、勇気をもらえたり、諭されたり、考えさせられたりします。

この物語に出会えたこと、この世に形にしてくてた作者の小野不由美氏に感謝します。

20年近くぶりの新作「白銀の墟 玄の月(はくぎんのおか くろのつき)」がこの世に現れた際に、全巻読み返してみました。

またこの物語を知る友人と話す機会があり、友人の小学6年生になる子供が、親の影響からか「十二国記」を夢中になって読んでいると聞きました。

「十二国記」の世界から感じとるものがきっとあり、これからの糧になるような良い影響があるに違いないと確信できるので嬉しくなりました。

私にとって「十二国記シリーズ」は何度読んでも読み足らない価値がありますし、読むタイミングで「はっ」とする場面も違いますので、まさに千変万化の楽しいバイブルのようなものです。

一つ一つのシリーズ作品に対して少しずつ思うことを書いてみます。

「十二国記」にはガイドブックもありますので、詳しいことはそちらにありますのでそちらを参考にしてもらうといいと思います。

これは「十二国記シリーズ」に対しての私の個人的な感想です。

Episode0 『魔性の子』

この物語は他の「十二国記」シリーズとは少し毛色の違う作品です。

単独の物語としても成立しているホラー小説として楽しめますが、「十二国記」シリーズを読めばその伏線的な要素がじわじわと理解され、噛めば噛むほどに味が滲み出てくるような魅力があります。

『風の海 迷宮の岸』から登場する泰麒と繋がりがあるのですが、伏線が絶妙なだけに読む順番で肌感覚が微妙に違ってくると思います。

個人的には『Episode2 風の海 迷宮の岸』⇒『Episode8 黄昏の岸 暁の天』⇒『Episode0 魔性の子』⇒『Episode9 白銀の墟 玄の月』の順番で読むのが時系列的にお薦めです。

Episode1 『月の影 影の海』

ある日突如、女子高校生が異世界に連れて行かれ、あなたは王だと告げられるという、なんだかオジサンが苦手意識を抱くストーリー展開の印象ですが、それが一瞬で消し飛んでしまうほどに示唆に富んだ物語です。

架空の世界がいつしか自分と重なって、まるでそこにいるような錯覚まで起こします。

主人公、陽子(ようこ)の苦難と心の葛藤は、多かれ少なかれ実際の日々の中に誰しもが直面するようなことなので、いつしか読んでいる自分と陽子を重ね合わせていることが度々起こりました。

甲乙つけがたいそれぞれの作品の中でも、一際強い存在感のある物語だと思います。

数々の名セリフの中から一つ。

「あいつはお前を利用するために助けたんだ…善意のために助けたんじゃない」心の声がいたずらに甘く囁きます。

それに対しての切り返しが堪らなくしびれました。

「善意でなくても良かったんだ…私を助けてくれたことに変わりはない…」

「善意でなければ信じられないのか…相手が優しくしてくれなければ、優しくしてはいけないのか…」

「私が相手を信じることと、相手が私を裏切ることとは何の関係もなかったんだ…」

Episode2 『風の海 迷宮の岸』

魅力に溢れた独特の「十二国記」の世界がどんどん広がって行きます。

陽子を中心とした物語と双璧をなす、泰麒(たいき)を中心とした物語です。

まさか、ここから後になってゆくほど、どんどん盛り上がってゆく壮大な展開が待っていようとは…そんな風に、後になってからジワジワと心に迫ってくるものがあります。

Episode3 『東の海神 西の滄海』(ひがしのわだつみ にしのそうかい)

第三の中心人物、尚隆(しょうりゅう)と延麒(えんき)のエピソード。

理想と現実、慈悲と剣。

人にとって永遠の課題ともいえるテーマで展開される物語には、痛々しさと生生しさがありました。

そこに苦しみと共に歩んでいこうとする強さがあり、尚隆延麒の人間臭さが魅力的に輝きます。

Episode4 『風の万里 黎明の空』(かぜのばんり れいめいのそら)

Episode1 『月の影 影の海』の続きのような物語です。

『月の影 影の海』からの重要な人物、陽子楽俊(らくしゅん)を中心に魅力的な人物が多く登場し、それらが運命的に絡み合いながら壮大に盛り上がり、名場面が次々に展開していきます。

この物語の最後は、鳥肌が止まらず、目頭が熱くなって圧巻なのですが、この本を読んだ人のほとんどが共感されると思います。

私が好きなのは、陽子の持つ剣が幻を見せるので、幻を封じるためにを修復しましょうという提案に対して陽子が言った言葉です。

「時に私の思うようにならない、見るのも辛いものを見せます…それは私の心なのです…心に鞘はいらない…」

Episode5 『丕緒の鳥』(ひしょのとり)

十二国記の世界感、情景がさらに分かっていくような短編集。

十二国記の世界が、とてつもなく緻密に創造されていることに驚きます。

Episode6 『図南の翼』(となんのつばさ)

とても痛快な物語で、全体的に他のシリーズよりも明るい印象がありました。

十二歳の勝気な少女、珠晶(しゅしょう)の決意の冒険談です。

清々しさに心洗われるこのエピソードには、どんどん読み進んでいける活力があり爽快感に魅了されました。

珠晶の言動に笑いながら、その智慧と勇気に感心させられっぱなしになります。

Episode7 『華胥の幽夢』(かしょのゆめ)

短編集。

短編集は本流となる陽子泰麒の二つの物語の中に出てくる、十二国記の世界設定の補足も兼ねているような感じもします。

巧妙な語り手の作者の考えは奥深く、いつも驚かされますのでもっと他にも何かがあることでしょう。

私はこれまでの流れの中に少し顔を出したエピソードの気になる部分との繋がりが見え、解答を得たような気持ちになった時には、嬉しくてほくそ笑みました。

Episode8 『黄昏の岸 暁の天』(たそがれのきし あかつきのそら)

泰麒に関係する物語ですが、ここで十二国記の世界がさらに広がっていくのには目を見張りました。

壮大な世界の繋がりが広がり、いつしか世界全体の未来に向けての希望を期待していました。

そして大作「白銀の墟 玄の月」へと。

Episode9 『白銀の墟 玄の月』(はくぎんのおか くろのつき)

長く待ちわびただけのことがあった作品でした。

ずっと燻っていたものに決着が付いたような感じです。

苦悩する泰麒の成長が目覚ましいながら、非常に痛々しくもありました。

Episode2 『風の海 迷宮の岸』での可愛らしい泰麒とは対照的な、カッコいい泰麒の姿に感動が止みませんでした。

素晴らし過ぎます。

HanaAkari

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