旅の玉手箱【フエ】〈ベトナム編-5〉

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ベトナム国内の動き
  • ハノイ
    〈Ha Noi〉
    シンカフェ〈Sinh Cafe〉のバスでハロン湾へ
  • ハロン湾
    〈Halong Bay〉

    絶景。有名な世界自然遺産。

  • フエ
    〈Hue〉

    ベトナム中部の古都。世界遺産。

  • ホイアン
    〈Hoi An〉

    古い時代の国際貿易港。旧市街には日本橋。現在、世界遺産。

このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【フエ】最後の王朝の古都は旅の分岐点|旅の玉手箱 ベトナム編-5

フエ】

ベトナムの「京都」にような町になるのでしょう、「古都フエ」では世界遺産であります、王宮「紫禁城」を観光したのは思い出されます。

まだ旅を始めて間もない頃だったので観光するのも楽しく、観光するのが当たり前のように思っている時期でしたので、日本では見られない所に行けるは嬉しかったです。

残念ながらあの頃は、王宮は修復作業を行っている最中で、全域には入ることが出来なったという記憶があります。

フエ

ベトナム最後の王朝「グエン王朝」の地とのことですが、私はこれから5年後くらいに日本で知り合ったベトナム人の女性の紹介で、ベトナムの「王族の血筋」だという方の家に一度だけ遊びに行ったことがあります。

その時は「フエ」とは結び付けて考えることはできませんでしたが、もしかしたら関係があったのかもしれません。

「王族の血筋」だという女性はドイツ人の外交官と結婚をしており、兵庫県にあるドイツの外交官の為の住宅に住んでいました。

家の中には「王族の名残り」のような装飾品がありました。

私が遊びに行った時には旦那さんは大阪のドイツ領事館に出勤していて不在でしたが、男のお子さんがいて隣に住んでいた同じ年頃の外交官の子供も遊びに来て、私と一緒に行った旅行とは関係のない日本人の友人と、ベトナム人の友人との5人で「モノポリー」をして遊びました。

子供とはゆえ、英語は堪能で私のような旅の中で身に着けた「サバイバル・イングリッシュ」とは違いお上品な英語を話していましたので、流石に上流階級だなと感心しました。

「モノポリー」は結構熱くなるボードゲームですので、私なんかは汚い英語のスラングを思わず発してしまいましたが、彼はそこも少し違った表現をしていました。

私が「Shit!」と言うところを「Dammit!」を使っていましたが、どちらも「くそっ!」という意味ですから、気にし過ぎかもしれないですね。

横道にそれましたので、話を「フエ」へと戻そうと思います。

当時「フエ」はバックパッカーにとって分岐点になる場所でした。

バックパッカー初心者だった私が、意外だったことは何処に行っても日本人の旅行者がいたことです。

もちろん西洋人の旅行者もそうで、バックパッカーがあれ程いるということは、自分が行くまでは全くイメージしなかったことでした。

私が旅で「いいな」と思うところは旅行先では気持ちが大きくなるもので、私のような内向的な性格でも自然と少しは外交的になっていくところです。

どうしても日本人がいると日本人同士でつるんでしまう事が多くなりましたが、そうやって「旅は道連れ…」となり、情報交換や他愛もない話などに広がって行きました。

時にはしばらく行動を共にしたりすることもあります。

その頃はバックパッカー初心者の私にはまだまだ馴染めない余裕さでしたが、これからとんでもない筋金入りの強者の旅行者にもゴロゴロと出会ってゆくのです。

フエ

「フエ」は「ラオス」から陸路で国境を越えて来た人がまず立ち寄る場所で、これから「ラオス」に向かう人、北から南に向かって旅行してきた人、南から北に向かって行く人とが全て集う地点のようでした。

このような所は情報交換には最適で、最新の生の情報が聞くことが出来ました。

そうやって大まかに考えている旅のプランを、その時のフィーリングで組み立て直したりしたりして好きに旅行して自由でした。

HanaAkari

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