旅の玉手箱【東京にカルチャーショック】〈帰国編-2〉

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このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【東京にカルチャーショック】人の多さに辟易|旅の玉手箱 帰国編-2

【東京にカルチャーショック】

成田空港に到着し、東京に住んでいたインドで知り合った友人の家にしばらく泊まらせてもらいました。

バックパッカー気質が色濃くあるうちは、人の家にお邪魔したり、雑魚寝で泊めてもらったりすることを図々しい行為と考えたことがありませんでした。

それはバックパッカー間では通用する感覚だったかもしれません。

私は大阪人ですが東京には以前にも遊びに行ったことがあったので、初めての東京ではありませんでしたが、久しぶりにインドから日本の首都東京にいきなり戻ったからか、東京のビッグシティさにカルチャーショックを受けたのでした。

とにかく何処に行っても人が多く、これはなんたることなのだろうか?あれだけ人混みが気になったインドよりも遥かに多く人がいるのが恐怖でした。

渋谷

当時インドは世界第二位の人口で、雑踏の人混みには野良牛までもがいるような状況の中で、そんな国に長く居たにも関わらず、野良牛はいないけれども東京の方が圧倒的に人が多く、人の圧を感じたことは大きな驚きでした。

逆カルチャーショックでした。

思えば初めて大阪から東京に遊びに行った時も、衝撃を受けたものでした。

大都市〈東京〉は世界でも有数の恐るべきビッグシティではないでしょうか?

新宿

せっかくだったので東京の友人宅を拠点に関東から東北方面まで、旅で知り合った人々を尋ねに行きました。

あの頃の私は行動力があったんだなと思います。

神奈川県川崎市、神奈川県鎌倉市、宮城県仙台市、栃木県宇都宮市、長野県諏訪市と旅で知り合った人々の縁を辿り、寄り道しまくって大阪に戻ったのです。

若くて自分の欲望にまっしぐらだった頃、そんな自分を思い出すと少しばかり恥ずかしさはあるものの、微笑ましい気持ちになります。

HanaAkari

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