「密会 アムロとララァ」 富野由悠季著 を読んで

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読書感想文〈密会〉 〈日本人〉作品を読んで
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「機動戦士ガンダム」|ファーストガンダムにあった大人の事情と、感情の揺れ動きが切なく交錯していました。

機動戦士ガンダム。

ファーストガンダムはもうどれくらい前のことになるのでしょう。

小学生だった私はテレビに齧りついて見ましたし、あの頃大流行りしたガンプラ(ガンダムのプラモデル)もいくつか作りました。

ガンダムを筆頭に、ザクなど、赤いシャア専用機とか、人型の戦闘ロボット〈モビルスーツ〉が人気でしたが、私は人型でない〈モビルアーマー〉の〈エルメス〉も好きでした。

そのパイロットが「ララァ」でした。

「密会 アムロとララァ」という本で「ララァ」がインド人だったと知り、子供の頃には考えも及ばなかったガンダムの周囲にあった人間模様はとても新鮮なものに感じました。

インド人 女性

子供時分は戦闘を繰り広げる〈モビルスーツ〉にしか興味が無かったのが、今改めて思うとファーストガンダムに登場する人々には癖があり、セリフなどの中に大人の人間関係や感情が表現されていたのが薄っすらですが思い出されます。

私は大人になってインドに行ったことがあり、ララァがインド人で娼婦だったということを知ったことが、「密会 アムロとララァ」を読む動機となりました。

本を読み進めるうちに、昔見たガンダムのシーンが思い起こされて懐かしもあり、楽しくもありました。

子供の頃には想像だにできなかった、アムロとララァとシャアの恋の三角関係、大人の事情が面白かったです。

たとえニュータイプであるアムロやララァでも、心に葛藤を抱えながら、もがいている姿には心に痛みがあって、普通の人間と同じで切ないのが、私のガンダム感に奥深いものを付け足してもらえたようです。

オーロラ

劇場映画「機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)」を邂逅しました。

アムロとララァは望まない戦闘をせざるを得ないまま、ララァはアムロの手によって宇宙に消えてしまうのは、悲しいですし混乱した気持ちになります。

「機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)」を思い出しました。

この時にララァは宇宙(そら)に散り、物語も一つの完結になるのですが、宇宙空間での様々のやり取りは今でも印象に残っています。

シャーが最後の乗った足がまだ未完成のモビルスーツ〈ジオング〉と、アムロの〈ガンダム〉の最後の戦闘シーンは良かったなぁ…

ガンダム

実は「機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)」は、初めて数人の友人と子供らだけで見に行った映画でした。

小学生は行ってはいけないとされていた繁華街に、思い切って子供らだけで出張って行く程に「ガンダム」は人気がありました。

HanaAkari

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