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旅の玉手箱【マラッカ】〈マレーシア編-6〉

旅の玉手箱 マレーシア編旅の玉手箱〈マレーシア編〉
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マレー半島での動き
  • シンガポール
    Singapore

    東マレーシアの〈クチン〉から飛行機でシンガポールまで飛びました。シンガポールよりインドネシアを巡り、ボルネオをぐるっと回って戻ってきた感じです。一泊だけしてすぐにマレーシアの〈マラッカ〉に向かいました。

  • マラッカ
    〈Melaka〉

    マラッカ海峡の海の交通の要衝として、古くから植民地として栄えた町です。長く西洋諸国の支配下にあったので、古い西洋建築の名残りがある町でした。

  • ペナン
    〈Penang〉
    リゾート地として開発され観光地として有名です。垢抜けた感がありました。再び〈タイ〉に入る一歩手前でした。

このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【マラッカ】ハイブリットな覇の町|旅の玉手箱 マレーシア編-6

【マラッカ

シンガポールとマレーシアの間にある海峡を跨いでいる橋を渡り、マレーシアのジョホール・バルへ移動し、マラッカ行きのバスに乗り継ぎました。

田舎地域での過酷な交通手段を経験した後では、マレーシアのバスは快適だったので移動を苦痛に感じることは無かったです。

マラッカは古くから西洋諸国の植民地として栄えた貿易の町らしく、写真で見たことのあるような建造物が残っていて、マレーシアにあって異国情緒を感じる町でした。

マレーシアにマレー系、中華系、インド系と人種が様々なのは、そういった貿易の歴史が影響しているからかもしれません。

華僑、印僑といった歴史の授業で習った、昔から海外に出て広く商売を行い、資産を築き上げた中華系とインド系の商人の商いの情景も感じられ、西洋の支配下の名残りと文化が融合したようなちょっと不思議な感じのする町でした。

マラッカ

観光名所は古い西洋建築物ですが、町には中華系の色合いが色濃かったように思います。

宿泊した場所も中華系のお店が並ぶ中華街にあったと思うのですが、中華の影響は現代だけでなく古来よりアジアの国々には広くあったのだと、想像の翼が広がりました。

マラッカ

西洋諸国や一時は日本の統治下だったマラッカの歴史はどいういったものだったのだろう?

これからは支配するとかしないとかの歴史には終止符を打ち、有意義な国際交流がどんどん盛り上がればいいのにと、希望せずにいられません。

古来には、マラッカマラッカ海峡で熾烈な覇権争いが行われたことでしょう。

浮世はいつの時代も覇権争いで揺れ動いているようです。

そして権力の座にある人々が、政治という名において戦争を行っている間でも、商人や庶民の間ではごく普通に健全な国際交流があったのだと思います。

マラッカ海峡、シンガポール海峡、金の生る木の周りには血が多く流されたのでしょう。

歴史は繰り返すと言いますが、繰り返さない新しい未来を見たいものです。

マラッカ

HanaAkari

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