旅の玉手箱【集団子供スリの手口】〈雑ネタ編-5〉

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このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【集団子供スリの手口】連係プレーの力技|旅の玉手箱 雑ネタ編-5

【集団子供スリの手口】

私はベトナムのホーチミンで数人の子供たちからスリに遭いました。

当時は頭に血が上り必死で追いかけたけれども逃げられてしまい、周囲に当たり散らしてしまったのですが、後々になって自分の不注意で招いたことだったと考えられるようになりました。

酒に酔いうららかな気持ちで、勝手知らないホーチミンの夜の町をフラフラ散歩していたのですから、カモになるようなものでした。

そう思えた時に怒りは消えてしまったので、子供たちがどのような手口で私のカメラを掏ったのかを紹介したいと思います。

あの夜、知り合った旅行者たち数人と一緒にベトナムの安いビール〈ビアホイ〉をたらふく飲んで、かなり気持ちの良い状態でした。

そして、夜風を浴びようと思い、当てもないままほろ酔い状態で町を散歩していたのです。

ホーチミン

場所はどこだか分かりませんが、バックパッカーが集まる〈フォングーラオ通り〉の繁華街の雰囲気は消え、人通りはまばらでしたが大きな通り沿いの歩道を歩いていた時でした。

子供が5、6人近寄ってきて、一人が額に入った古いお札を見せながら「おみやげ、おみやげ」と執拗に迫ってきます。

子供たちに囲まれながら、一人が「おみやげ」と称する額を目の前に掲げて、必死に見せようと躍起でした。

明らかに土産品として不向きな代物でしたから、新手の物乞い?かと思ったのですが、暫くすると諦めて去って行ったので、面倒が去ってホッとしました。

風の知らせなのか、ふと肩から掛けていたカバンに手を置くと、カメラのふくらみが無くなっていることに気が付いたのです。

まだ遠くに子供の姿が見えたので、全力で走って追いかけましたが、逃げ切られてしまいました。

「おみやげ」の子供はオトリだったのです。

そちらに気を向けさせている間に別の子供が、カバンからカメラを抜き取ったのでした。

連係プレーでした。

ホーチミン

スリ対策には〈ジッパー〉や〈マジックテープ〉などで、簡単に中に手が入れられないようなカバンを持つ。

これは、当時バックパッカーの間ではセオリーだったのですが、簡単に物が出し入れできるようなカバンはスリの危険が高いから、取り出し口を閉じらるようなカバンが好ましかったのです。

私は、あの時ベトナムの少数民族から買った民族柄の肩掛けカバンを使っていたのですが、カバンの口を閉じることが出来ないものだったので、簡単に中に手を入れることが出来ました。

サパ

それが、スリにとっては狙い目になるのです。

〈ジッパー〉を開ける手間があるだけでひと手間掛かりますし、こちらが気が付く可能性もあがります。

知り合ったバックパッカーの中には、私が使っていたような民族柄のカバンに〈マジックテープ〉を自分で取り付けたりして加工している人もいました。

HanaAkari

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