旅の玉手箱【トリヴァンドラム】〈南インド編-5〉

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旅の玉手箱 〈ケララ〉 旅の玉手箱〈南インド編〉
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インド国内での動き
  • コーラム
    Kollam
    〈バックウォータークルーズ〉で知り合った香港人2人と韓国人1人と共に、旅は道連れで寄り道をすることになりました。
  • マドゥライ
    〈Madurai〉
    当初〈コーラム〉から〈トリヴァンドラム〉へ行く予定でしたが、旅は道連れということで、アジア人3種のチームでしばし旅行を楽しみました。いい経験になりました。
  • コダイカナル
    〈Kodaikanal〉

    〈コダイカナル〉は、標高の高い高原にある避暑地として開かれた町です。〈サティヤ・サイババ〉の別荘がありました。

  • トリヴァンドラム
    〈Torivandrum〉

    ここの空港からスリランカの〈コロンボ〉まで飛行機に乗りました。

このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【トリヴァンドラム】スリランカへ飛ぶ|旅の玉手箱 南インド編-5

【トリヴァンドラム

〈ケララ州〉バックウォータークルーズで到着した〈コーラム〉から少し南下すると〈トリヴァンドラム〉だったのですが、「旅は道連れ世は情け」「予定あって予定なし」といった、気楽なバックパッカー旅の遊び心で、バックウァータークルーズで知り合った香港人2人と韓国人1人と日本人の私たち4人は意気投合し、内陸の方へ一緒に旅することになりました。

こういったところはバックパッカー旅の長所だと思います。

思わぬアジア人混合チームでの寄り道は非常に名残惜しいものがありましたが、私は〈スリランカ〉行きの日が迫ってきたので、飛行機の出航場所だった〈トリヴァンドラム〉を目指しました。

トリヴァンドラム

いつものごとくフライト日の前日に到着したので、この町のことは周辺をブラブラしただけでほとんど憶えていません。

唯一、記憶として強く残っているのは、〈コロンボ〉行きの飛行機の機内で、日本人の女性と知り合ったことです。

ほとんどの乗客がスリランカ人かインド人だったと思うのですが、アジア系や西洋系の乗客の姿はありませんでした。

ただ、たまたま近くの座席に日本人の女性が一人いたのが、予想もしていなかったことで嬉しい出来事でした。

しばらくの間、日本人の旅行者と出会うことが無かったので、初対面ですが、ただそれだけで何かホッとしたのです。

しかもバックパッカーではなく、スーツケースで女性が一人旅をしていたことには、ちょっと驚きました。

当時、外国人の姿はほとんど無かった、〈トリヴァンドラム〉から飛行機に乗っていることとか、ちょっと不思議に感じたものでした。

スリランカの〈コロンボ〉までは短いフライト時間でしたが、日本語で話ができて楽しかったです。

〈コロンボ〉でも少し一緒に観光をしました。

ケララ

「カタカリ」ダンスは、〈ケララ州〉の古典舞踏劇ですが…

〈ケララ州の〉の伝統芸能を見に行った時に、インドネシアのバリ島で見たバリ舞踊とよく似ていると思いました。

インドネシアのバリ島は、イスラム教徒の多いインドネシアの中でも珍しく、ヒンドゥー教徒が住む島で、独特の風習が魅力的だったお気に入りの場所です。

〈ケララ州〉の古典舞踊「カタカリ」を見た時に、「あれ、見たことがあるかも?」と閃きました。

衣装や化粧、独特の所作、目力とかが、バリ島で見たバリ舞踊とよく似ていて、たぶん繋がりがあるのだろうと想像しました。

カタカリ

かつてヒンドゥー教がインドネシアに伝わったということは知っていましたが、それがもしかしたら南インドのヒンドゥー教であって、それも〈ケララ州〉辺りの文化の流れを汲んでいるのかもしれないと思ったのでした。

素人の直感では雰囲気がそっくりでした。

あの胸のざわついた推測は一人合点であるかもしれませんが、私にはあの発見は少し嬉しかったのです。

北インドのヒンドゥー教文化から、バリ・ヒンドゥー教の気配は感じなかったのですが、〈ケララ州〉の文化に接してルーツの糸が見えたようだったからです。

バナナの皮をお皿に使う文化もそうでした。

カタカリ

海を渡って行ったのかな⁉

勝手な妄想は楽しいものです。

HanaAkari

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