側にいて『Stand by me』しみじみと余韻が続き、しばし青春時代に戻ってしまいます。
見た後の余韻でしばし自分の若かりし頃にタイムスリップしてしまう、名作映画「スタンド・バイ・ミー」の原作は、ホラー小説の巨匠として有名なスティーブン・キング氏の「スタンド・バイ・ミー」というタイトルそのままの小説です。
「それぞれの季節/Different Seasons」という、中編小説を春夏秋冬の四編で構成した作品集の一つで、「秋」にあたる作品です。
日本では「スタンド・バイ・ミー」のタイトルで秋冬編として、新潮文庫から発刊されています。
春「刑務所のリタ・ヘイワース」、夏「ゴールデンボーイ」、秋「スタンド・バイ・ミー」、冬「マンハッタンの奇譚クラブ」の四作品になります。
春夏編はタイトル「ゴールデンボーイ」で、同じく新潮文庫で読むことができます。
「スタンド・バイ・ミー」を読んで
古き良き時代の青春時代にタイムスリップしてしまいます。
時間が経つと全ては良い思い出になっていきますので、古い記憶は永遠の美しさを手にしてしまうようです。
古い思い出が過去のある地点に遡っているのに、なぜか未来に向かっているような錯覚に陥ってしまうようでした。
空き地にある木の上に廃材を集めてきて手作りした、樹上の小屋が少年たちの溜り場です。
そこで四人の少年たちが大人びて悪ぶりながら、お互いをからかい合いながら、純粋な子供のあどけなさと探求心で、死体を探しに行くという冒険に出ることを決断します。
私も小さな頃にガラクタを集めて来ては、昔は町中にいっぱいあった空き地に、秘密基地を作ったりしたものです。
少年たちは彼らの小屋の中で、トランプで賭け事を楽しむのですが、私もトランプでちょっとした賭け事に熱中したことがあったなぁ~と、懐かしい記憶が甦ってきました。
トランプでの勝敗で、次に行くボーリングの代金を誰が出すのかを決めてボーリングに繰り出すのですが、ボーリングの結果もまた賭け事の対象になり、負けた者はジュースを奢ることになりました。
時には負けて本気で怒って暴言を吐くヤツもいたり、一体何が楽しいのか分からないのに、あの時は、取るに足らないことに夢中になれたものです。
ある夜は、トランプで負けたら罰ゲームで赤ウーロン茶をコップ一杯飲むという遊びを夜通ししたこともありました。
全員が赤ウーロン茶でタプタプになったお腹に吐き気を覚え、中にはトイレに吐きに行った者もいました。
話の中で母親の事をやり玉にあげ、相手をからかったりする子供ながらの怖れを知らない無邪気さを、そのまま表現してあるところが多くありましたが、私たちの子供時分も「お前の母ちゃん、で~べそ~」なんて言ってからかい合ったりしたものです。
物語の時代背景は、私の子供時分より一世代前のことのようですが、形は違えど自分の子供時代のことが、あるやこれやと懐かしく甦ってきました。
そのような小説でした。
映画「スタンド・バイ・ミー」を見て
原作小説と同じで爆発的に面白いという映画ではないのですが、いい映画で見ている間に自然とその世界にはまり込んでしまいます。
原作そのままではない脚本ですが、映画ならではの良さと映像の美しさ、登場する子供たちの躍動感に輝いています。
滋味に溢れる作品だと思います。
死体探しの冒険に出た子供たちが、冒険を通して普段は隠している心の内を友人に打ち明けるシーンには、胸打たれるものがありました。
大人によって傷つけられた純粋な子供の心の声が、涙と共に吐き出されます。
そうやって少年たちは成長してゆくのでしょうか?
私にとってこの映画は大人になってから見た方が、考えさせられることが多かったです。
昔懐かしの挿入歌のそれぞれも、今になっても色褪せることのない魅力的なものばかりで、より心に響きました。
エンディングにはタイトルと同じ、ベン・E・キングが歌う「スタンド・バイ・ミー」が流れるのですが、とてもいい歌で、それからしばらくはその余韻でしばらく昔に戻ってしまいました。
『Stand by me』 ベン・E・キング 意訳
夜のとばりが降りて 大地が暗闇に包まれたとき
僕たちは月明りだけを見ることになるだろう
でも 僕は怖くないよ 怖がったりしないよ
君が側にいてくれたら 僕のそばにね
だから 友よ 僕の側にいて そばにいてて
側にいて 側にいてくれないか
もし僕らが見上げている空が崩れ落ちてきても
山が砕けて海に流されても
僕は泣かない 泣かないよ
涙を流したりはしない
ただ君が側に 側にいてくれたら
だから 友よ 側にいて 僕の側にいて
側にいて
僕の側に ずっといて…
HanaAkari