旅の玉手箱【インド人嘘つかない】〈インド雑学編-6〉

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このブログは私がバックパッカーとして、1997年9月20日出国~1999年11月16日に帰国するまでの間に訪れた場所を、四半世紀後の私が思い返してみたら、一体何が出てくるのだろうか?という好奇心から古い記憶を辿り、出てきたものを書いてみることを試みたものです。

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【インド人嘘つかない】その真相は?|旅の玉手箱 インド雑学編-6

【インド人嘘つかない

私が子供の頃、「インド人嘘つかない」というフレーズをよく耳にしたのですが、実際にインドに行ってみて、インドのことを何も分かっていなかった時は、「インド人嘘つきまくり」だとしょっちゅうイライラしていました。

まるで大嘘つき達の坩堝にいるようでした。

フェイクニュース

道を尋ねると必ずでたらめを教えてくれましたし、インド人の言葉を鵜呑みにして乗った汽車は、まるっきり違う行き先の汽車で、冷や汗をかいたものです。

ここは嘘つきばっかりだと思い、自分がしっかりしないといけないという自覚が芽生えたのはインド人のお陰です。

ただ「インド人嘘つきだらけ」というのは私の勘違いでした。

何度も同じようなことが起こるので疑問が生じたことから、よくよく考察してみると、インドの人はこちらから何かを尋ねると、「分かりません」、「知りません」という答え方をしないということに気が付いたのです。

例えば日本で誰かに道を尋ねたとします。

大概の場合、尋ねた相手の方が分かっていたら教えてくれるでしょうし、分からなかったら「分かりません」「知りません」と返答すると思います。

迷子

この思い込みが間違っていたのです。

それは日本人の感覚であってインド人の感覚ではなかったということです。

インド人流の気遣いなのでしょうか?理由は分かりませんがインドの方は、知らなくても何かを答えるようでした。

「知らない」と答えると相手に悪いと思うのでしょうか?謎ですが、実際にそうでした。

それが私には「でたらめを教えられた」「嘘つき」となっただけのことだったのです。

そう考えるとインド人は嘘つきではなく、インド人の文化、風習を知らずに尊重していなかった私が傲慢だったということになります。

そういった意味では「インド人嘘つかない」は正解かもしれません。

「インド人嘘つかない」けど、「騙し」は横行しているようでした。

こちらの感覚からすると嘘つきだと思っていたインド人も、実はそうでは無かったという発見は嬉しいことでしたが、残念ながら「騙し」は多いようでした。

外国人旅行者は格好の鴨なので、「騙し」のターゲットになりやすいので、自分をしっかりと持っていないと悲しい目に遭ったり、腹が立つこともしばしばありました。

旅行、お土産関係で相手からフレンドリーに近寄ってきて、親切にしてくるインド人は要注意でした。

お金目当てのことが多く、ぼったくりの入り口でした。

嘘つき

たぶん信用できるインド人の知り合いから聞いたことですが、「日本人はすぐに人を信用するから、簡単に騙される」「インド人は人は騙すものだということを前提で生活しているから、そんなにすぐに人を信用しない」こんなことを教えてくれました。

思うことは色々ありますが、納得でした。

その方はジャイナ教徒でしたので、「ジャイナ教徒は嘘つかないから信用できるよ」とも言っていました。

あれ?「嘘」と「騙し」の違いは何だろう?

インドの文化、風習は宗教と深いつながりがあることが多くあります。

日本人からするとインドは宗教色が強い国だと思います。

現在はインド人の8割はヒンドゥー教徒ですので、大まかにはヒンドゥー教徒の国と言っても過言ではありませんが、インドの面白いところは他の宗教も混在しているところでした。

ヒンドゥー教徒〈インド人口の約80%〉

バラモン教から、よりカジュアルで庶民的に形を変えたヒンドゥー教。

多種多様の神々が独特で魅力的でした。

非常に人間臭く俗っぽい神様の逸話も楽しいですし、真剣に日々祈りを捧げる人々の姿には考えさせられるところもありました。

ヒンドゥー教徒の大半はベジタリアンですので、インド人の大半はベジタリアンになります。

イスラム教徒〈インド人口の約14%〉

12世紀頃から西方よりイスラム国家がインドに進出してきてからムガール帝国が終焉する18世紀頃までは、イスラム国家の支配下にありましたから、インドにはイスラム建築も多くありました。

有名なのが「タージ・マハル」です。

イギリスの植民地時代を経て、インドが独立する時にイスラム教徒の多く住む地域は「パキスタン」と「東パキスタン(現在のバングラデシュ)」として別の国になりましたので、インドのイスラム教徒は14%ほどです。

タージマハル

シーク教徒〈インド人口の約2%弱〉

インド人と言えば〈ターバン〉だとイメージされる方は多いのではないでしょうか?

実際は〈ターバン〉を着用しているインド人は一握りしかいませんでした。

それがシーク教徒の男性です。

それ以外ですと砂漠の民やマハラジャの絵とかで見ました。

シーク教徒は戒律が厳しく、勤勉な方が多いと聞きました。

〈ターバン〉は戒律の一環で着用しているようです。

シーク教徒はインド北西部にありますパンジャーブ州に多く、同州にある〈アムリトサル〉にはシーク教の聖地〈ゴールデンテンプル〉があります。

ジャイナ教徒〈インド人口の約0.4%〉

非常に戒律が厳しい格式高い宗教。

インド中西部グジャラート州〈パリタナ〉に聖地がありました。

インド人の知人にジャイナ教徒の方がいましたので、少しジャイナ教のことを教えてもらいましたが、厳格なジャイナ教徒は呼吸をする時に虫を吸い込んで殺してしまう可能性があるので、いつも口を白い布で覆っていると聞きました。

もちろんベジタリアンなのですが、根菜は収穫する時に土の中の虫を傷つける可能性があるので食べないそうです。

知人はそこまで厳格なスタイルでは無かったですが、「インドの中にあってもジャイナ教徒は信用できて安心だよ」、「ジャイナ教徒は嘘つかない」と「インド人嘘つかない」みたいなことを言っていました。

仏教徒〈インド人口の約0.7%〉

悟り ブッダ

インドはお釈迦様が生まれた国ですから、仏教発祥の地なのですが、かつては栄華を誇った仏教も一度はインドの地から消え去っていました。

20世紀に入ってから息を吹き返したようですが、その背景にはカースト制度が色濃く残るインドでは不可触民(アンタッチャブル)と呼ばれる存在があったからのようです。

不可触民は、文字通り触れるのもはばかられる民、汚れた存在とされる人々です。

カースト階級よりも下、カースト外の汚れ仕事を担ってくれる、本当は一番尊い方々です。

ヒンドゥー教にあってカースト制度がある以上、一生不可触民としての人生を送る以外の道しかありませんので、それを解消するためにカーストのない仏教徒に改宗する動きが起こったのでした。

今なおインドの地でインド国籍を取得し、〈ナグプール〉という場所で、一人の日本人のお坊さんが奮闘されています。

佐々井上人です。

私が旅行中もこの佐々井上人に憧れて、〈ナグプール〉を訪れたという旅行者に出会いましたし、佐々井上人以外にも、インドの地に日本の仏法を帰すという、崇高な目的に魂を燃やされている方々もありました。

現在のインドの仏教事情は、昔インドで生まれた仏教が東方に広がり、それがインドに逆輸入されるような現象が起こっているような感じがします。

キリスト教徒〈インド人口の約2.3%〉

キリスト教徒も、仏教徒と同じく、脱カーストの意味合いが強いと聞きました。

古くはカースト制度は差別的な感覚ではなく、よりよく全体で生きる為の一つの智慧だったそうですが、現代は違った角度からの思想も入ってきたことで、新しい局面を迎えて変化の時にある感じがします。

問題も多いようですが、宗教の坩堝がインドの魅力ですし、宗教の錬金術を期待します。

インドにはゾロアスター教徒(拝火教徒)もいるようですし、カーストという特殊な制度もあり、様々な思想も混然一体となっているところから対立も多くあるようですが、その反面思想の融合が起これば凄い事になるような気がします。

宗教、思想のカオスからのインドマジックらしい錬金術を期待しています。

HanaAkari

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