「等身大で出来ることを目の前のことからすればいいだけだと、納得することにしました」
日常で出来るささやかな「恩返し」をコツコツとしていこう、例えば「ありがとう」の言葉を伝えるとか。
このブログは言葉から連想したことを自由に書いています。時に勇気や喜びをもらえたり、慰められたり、癒されたり、言葉には力があるように思います。そんな素敵さや楽しさを少しでも表現できたら幸いです。
【恩返し】鶴も忘れない恩。私も気負わず少しでも。|言葉の小槌53
【恩返し】
「恩返し」とても大切なことなのに久しぶりにこの言葉を聞いた時に、「あれっ、この言葉を私は忘れつつあった」と思うくらいに古い言葉のように感じて、自分が情けなくなりました。
思えば恩を返すどころか、貰ってばかりで不甲斐ない自分が少し嫌になりました。
私の悪い癖です。
私が返したい恩は、お中元のお返しとかそういった感じのものでなく、もちろんそれは大事な気持ちですが、もっと漠然とした「生んでくれてありがとう」「生かしてもらっていること」そんなのどうやったら「恩返し」ができるのだろう?といったようなもので、考えると堂々巡りしてしまうようなことです。
身の丈をわきまえないで、背伸びしすぎているんですね。
等身大で出来ることを目の前のことからすればいいだけだと、納得することにしました。
たとえ何もできなくても、精一杯生きていくことが「恩返し」になるはずだと思いました。
生んでもらった限り、命が終わる時まで精一杯生きることしかこの恩は返せないでしょう、たとえ精一杯生きることができなくても、ただ生きているだけで、せめてもの「恩返し」になりそうです。
格好つけて考えるのをやめて、楽しく過ごそう、それが「恩返し」になるんじゃない?
そもそも私ごときが、大それた恩を返そうなんて生意気なんだと思います。
日常で出来るささやかな「恩返し」をコツコツとしていこう、例えば「ありがとう」の言葉を伝えるとか。
そもそも「恩を返す」とか「恩を与える」とかそんな風に表現するから「恩着せがましく」なるんじゃないかな?
当たり前のことだから素直に自然にしとけばいいだけ、そう開き直りました。
日陰に長く居ると、遠慮なく日光浴をしてもいいんだよと言われても躊躇してしまうもので、日光浴するだけなのに思いっきり気負って考えてしまうような癖あるなぁ…
【恩返し】の日本昔 「鶴の恩返し」「笠地蔵」
支離滅裂ですが「恩返し」で思い出した日本昔話があります。
鶴の恩返し
「鶴の恩返し」と「笠地蔵」ですが、「鶴の恩返し」は助けられた鶴が人の姿になって、恩返しにやってくるのですが、最後は正体がばれて去っていくというお話です。
鶴の健気な気持ちは素敵なのですが、事情を知らない夫は鶴が自分の羽を抜いて、身を切って素晴らしい機織りものを作っていることを知らずに、甘えてしまうという辺りは悪気は無くても、よくありそうなことです。
無理な状況はいつかは終わるもので、鶴から機織りの際には絶対見ないで欲しいと約束されていた夫が、約束を破ってしまい、その時が訪れるという物語には考えさせられることがあります。
笠地蔵
「笠地蔵」はいい話です。
素敵な優しい名作です。
お爺さんは大晦日、自分達は禄に食べるものがないのに、降りしきる雪で寒そうにしているお地蔵さんの為に売れなかった笠を被せてあげて、足りない一体には自分の頭巾を被せてあげるのです。
そんなお爺さんにお婆さんも「良いことをしましたねぇ」と自然に言えてしまう、心根の優しい老夫婦に、お地蔵さんがおいしい食べ物をお返しに来るといったお話ですが、お地蔵様から「恩返し」されるなんて、なんという人達なんだろう。
まさに「地蔵の恩返し」ですが、老夫婦のようなことはなかなか出来ることではないですが、僅かでも見習いたいと思います。
「恩返し」美しい言葉です。
HanaAkari